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”次世代を担う若者が希望を持てる社会の実現”

政治家を目指したきっかけ

「悪性癌の可能性60%」

昨年起きた出来事が、私が黎明会~豊島区の未来を考える会~を立ち上げるきっかけとなりました。

最終的には、半年間の精密検査の結果、今はもう問題ないことが分かりましたが、健康診断で腫瘍マーカーに異常が出たとき、あるインターネットの情報によるとその値は60%が悪性の癌ということでした。

死をリアルに意識せざるを得ない状況の中、自分の命の使い道について、真剣に向き合わせざるを得ない期間となりました。

自問自答を繰り返した結果、出たひとつの答えが、私のアイデンティティであり、新しい自分と出会わせてくれた、大好きな街であるこの豊島区が思い浮かばれました。この街に次の世代を担う人財を育て、若者のために遺すことこそが使命であると感じました。

 

私の出身は埼玉県ですが、大学4年間と、社会人になってからも母校のアメリカンフットボール部のコーチとして10年間、青春のほとんどをこの豊島区で過ごしました。

社会人になり20代の内は、思い返すとビジネスで成功したい、しなければならないという思いが強かったです。誰もが通るであろう、自分の行くべき道を模索していた時期でもあります。

仕事だけでは埋められないような、自分の存在意義や使命をどこかで探している中で、休日にはボランティアで母校のコーチとして活動をしていました。当初は、お世話になった大学の部活動に恩返ししたいからこそ始めた活動でありましたが、次第に学生が自分をコーチとして必要とし続けてくれた、ということが強く心に残るようになりました。

その期待に応えようする中で、大きな失敗も経験しました。昇格がかかった大事な試合で、私の采配が原因で敗北を喫することになってしまったのです。学生は同じ青春を二度と繰り返すことはできません。

そのことを改めて気づかされてから、私が唯一できることは、次の世代に遺すことに全身全霊で取り組むことでした。

その結果、母校史上初の大きな成果を出すこともできました。スポーツ推薦もない、運動部未経験者もいるようなチームが関東学生連盟の1部リーグに昇格できたのです。当時の学生からの「熊谷さんと(1部リーグに)上がれて良かった」との言葉をもらいました。

そのときに、目に見える成功を収めているではなく、必要としてもらえることこそが自分にとって生きることの証であると本当の意味で腑に落ちました。これは大きな新しい私の発見でした。ひとつの使命であると感じています。

健康診断の結果を知った時、これまでの自分の人生を振返りました。自分の限られてものであるならば、未来ある若者のために使っていきたいと思いました。そのために私は政治活動を通して、大好きな豊島区に貢献していくことを決意したのです。

更に私自身が挑戦をしていくことで、これからの時代をつくっていく若者に勇気を与えて行きたいと思います。

学生時代の10代後半から、社会人として落ち着きを見せ始める30代くらいまでは、自身の存在意義、アイデンティティに対しての悩みが多いことと思います。考えることと同時に、行動することの大事さを知り、多様な社会の中で磨かれながら「じぶんらしさ」を発見して、豊島区民としての自信を手にしてほしいと考えています。

私には、コネも地盤も経験もありません。ただ、自分を育ててくれたこの豊島区に貢献したいという想いだけは誰より強い自信があります。一度きりの人生であると本当の意味で気づかせてもらった今、政治活動を通して私は挑戦していきます!

 


メインの政策

1)10-30代の政治参加向上(SNS等を駆使した、政治家とのフラットなコミュニケーションの実現)

私は豊島区の良いところは雑多なところだと思っています。左の写真にあるように豊島区は、

学習院、立教、大正大学等を始めとした落着きのある文教地区。

鬼子母神や染井吉野など、今なお残る江戸の文化。

その他にも、芸術、アニメ、サブカルチャーと言った多種多様な文化。

さらに日本一の人口密集地帯、23区で2番目に外国人が暮らす街、まさに雑多なまち。それは言い方を変えると“懐の深い”街です。

私が所属していた学習院大学のアメリカンフットボール部は、最初はまさに雑多な集団なのです。学習院にはスポーツ推薦はなく、高校での経験者はほとんどいません。運動部に所属していなかったものもいます。しかし、純粋に取り組む若者の可能性や、夢中になったときの底力には本当に目を見張るものがあります。最初はなにもわからず頼りなかった学生が、チームの一員だと自覚したとき、チームが出来ていきます。そして、雑多な集団がまとまる瞬間は、画一的な組織よりも遥かに魅力的に思えるのです。

 

平成29年度東京都議会議員選挙における、30代以下有権者の投票率は10代28.81%、20代26.44%、30代36.67%で全世代通して最小の数字となっています。人口減少が進行する中での、人生100年時代において今後より、個人が国に守ってもらう意識ではなく、一個人が自立し国を創っていく自覚が必要です。

政治に参加するということは、自分が日本、または地域をつくっていく一員だと自覚をすることです。その国や地域をつくっていくのは、偉い人でも成功者でもなく、若者なのです。

若者が政治に絶望して(期待しないで)終わってしまえば、日本や地域に未来はなくなってしまいます。

10代から30代は環境が目まぐるしく変わり不安な時期で誰しもが通るもの。合わせて、昨今の急激な時代の変化もあります。豊島区は統計上20-30代の単身が多く、やりたいことがわからない、今のままでいいのか不安など、バイタリティや体力はあっても、次の一歩を踏み出せない若者は多いです。

しかし、雑多で色んな要素が詰まっている懐の深い街だからこそ、若者は成長できる可能性は大いに眠っています。政治参加を通じて、未来に挑戦できる若者が増えれば、豊島区も若者も魅力あり続けると思います。

この懐の深い街の中で悩める若者たちが、自らの成長を通じて豊島区で(生まれ)育ったことを誇りに思えるような政策をしていきます。

*画像の出典:豊島区「2.背景と現状分析 ③豊島区の文化資源~豊島区全体マップ」より

 

2)特色のある教育施策と思い切った予算の割り当てによる人への投資

コーチングは、ティーチング(教える)ではなく、それぞれの個性を伸ばすための環境を準備し、一緒に夢ややりたいことに挑戦することだと考えます。

震災のあった年、母校は65年間の歴史の中で初めて1部昇格を果たすことが出来ました。この年は、震災の影響でグラウンドの使用時間が制限されてしまいました。私は学生にグラウンドを使えない時間も有効活用できることを考えるようにと指示していました。

しかし、学生は朝7時に集まって練習すると言い出したのです。これまで早朝に練習したことはなく、私が指示したことよりももっと辛い選択を学生自身がしたのです。私はこの時、良い結果が出ると確信しました。

最終的に一部昇格することが出来ましたが、何故かこの年コーチとしては何かをしたという思いがこれまでで一番ありません(他のコーチの奮闘があったのは当然ですが)。そのことから、選手が本当に成長するには、選手自身が”感じて”動くことが大事だと痛感したのです。指示や指摘をされてばかりいる内は絶対に成長はしないのだと。つまり、やらされるのではなく、主体的に自分の生きる道を創っていくことが最も大切なことだと考えます。

学生も自発的、自律的に学べることが出来る環境づくりが大切です。子どもたちはこれまでの義務教育のように、右ならえの教育では受け身の姿勢になってしまいます。平成が終わり、これまで以上に今日の常識が明日の非常識になって行く時代だからこそ、自分に誇り・自信をもった人材を輩出するための教育への投資が必要です。

 

2020年から新学習要領でアクティブラーニングやプログラミング学習等が始まり、学習スタイルが大きく変わっていくことが打ち出されています。(それでもまだまだ海外に比べれば受け身の授業スタイルなのですが)。そういった若者を輩出するためには、現場で慣れていない教師も適応していく必要があります。教師も含めた現場のサポートをしっかりしなければ、ゆとり教育の時のように、中途半端で終わってしまう可能性があります。

 

 

「いまどきの子は」という言葉はよく聞きますが、「これからの子を」街全体で教育・育成していくために、大人も含めた教育への投資には重点的に取り組んで行きたいと思います。